Akihito Ikeda

最後の夜、渋谷から北条坂

posts/2020-01-13diary

最後の夜を振り返る。

渋谷から六本木に向かうバスのなか、ラピカをバカにされるラピカは東京では使えないという事実を述べられる。

六本木に着く。少し歩いて立ち止まる。六本木の交差点に立っていた。ここは何か象徴的な場所なのだろうか?と思いながらセルフィーを撮ってまた歩き出す。

松屋に着いた。「旅行先での最後の夜に松屋」と聞いたら世間の人々は顔をしかめるかもしれないが、ぼくたちの場合は事情が違う。だって鹿児島には松屋がない。

キムカル丼を食べた。昨日の夜も韓国焼肉屋で”カルビを含む大量の肉”とキムチを食べたなと思いながらも、これはこれでおいしい。

「松屋に来たのはなぜか?」

問いが投げかけられる。さっぱりわからない。 店内を見回してみる、入店してからのことを思い出す。入ってすぐに券売機で食券を買った。提供準備ができた番号が表示されるディスプレイ。そうか……。 つまりこれらは松屋における物理空間のタッチポイントということだ。

「ジョージアを知ってるか?」

続けて問いが投げかけられる。コーヒーのことではなさそうだから国のことだろうなとは思った。でもそれが?

「松屋 ジョージアでググって」

促されるままググると、松屋でジョージア料理‼ シュクメルリ鍋定食新発売!|松屋フーズという記事が見つかった。でもそれが?

「松屋でジョージア料理が食えると思ってた?」
「いや思わないです」
「松屋でジョージア料理食えるのやばくない?」
「やばいです」

なるほど……。入店してから料理が提供されるまでのシステム、そして時間的・空間的制約にまったくとらわれていないジョージア料理の提供、つまり松屋はテックカンパニーってことだ。

実際に足を運んではじめて、五感で感じてはじめて、自分の体験としてリアルに刻み込まれる。どういうことかわかる。ネット記事で見ただけでは「ふーん」で終わっていただろう。そのために松屋に来たんだ。

なんで牛丼頼む前にそれを言ってくれなかったんだと思ったらジョージア料理の提供開始はまだとのことだった。提供開始されたら速食べに行くらしい。うらやましい。

退店して迷いなく進んだ先はsyだった。シルクのようでやばいクオリティ。
器具もすばらしい造形美。宇宙戦争のトライポッドのようだと思ってググったら全然ちがった。
色々お話しするなかで何度も背筋が伸びる場面があった。そしてこれもメンタリングだからと言いながら写真を撮りまくった。セルフマスタリーを得たと言いながらセルフィーを撮ったりもした。

退店して、また移動する。ミッションを与えられなんとかこなす。気づくと、景気がよさそうな場所を歩いていた。

「この場所を感じて」

なんとなく感じた。

気づけば見覚えのある器具のシルエットが掲げられたお店の前にいた。ハシゴ?と思いつつも入店する。体験したことない異国の雰囲気漂う店内に入ると、食べ物を注文するという。

「カレー食べるんですか?」
「焦ってないから」
「焦る?」
「周りの客みんながsyしてるからsyしなきゃと焦る人もいるけど、焦ってないから普通にカレーを食べる。焦るのダサい」

なるほど……。というわけで大量のカルダモンが入ったアラビアンコーヒーを飲みつつカレーを食べる。昔エンジンをいじっていたからと言いながら触れないほどアチアチのナンを難なく手でちぎる人の様子を目の前で見る。カレーのスパイスとアラビアンコーヒーのカルダモンがマリアージュする。

「ここに来たのはなぜかわかる?」
「わからないです」
「ぼくの一挙手一投足に意味がある。ゴーンが逃げたのは?」

そうか……。カルロス・ゴーンが逃げたのはレバノン、つまりぼくらが今やっていることと同じことをゴーンもやっている。ゴーンが逃亡したことによってこれが最新のやりになった。 さらに松屋に行った理由。ジョージア料理。レバノンとジョージアの地理的関係。ここにも繋がっている……。

「ぼくの一挙手一投足に意味がある」

食事を終えてまた歩き出す。途中でワインを仕入れる。カレーのスパイスにあう南オーストラリア赤ワイン。マリアージュする。

少し歩くと石像があった。「きみちゃん」と彫ってある。ここに連れてきたことを覚えておいてと言われる。

きみちゃん、童謡「赤い靴」の女の子。恵まれない子供たちのために今もチャリティーが行われている。ここに来た意味……。

これから2030年に向けて、持続可能な開発目標(SDGs)という国際的な合意のもと、各国・企業はテクノロジーを産業に深く組み込みながら経済活動を行っていく。 SDGsの17のゴールには、「貧困をなくそう」「飢餓をゼロに」「全ての人に健康と福祉を」というものが含まれている。

まさに「きみちゃん」の物語であり、この問題に取り組んでいかねばならない社会における主要な行為者であって、国際的な潮流とテクノロジーの発展を背景にテックカンパニーへと変革していかんとする企業の一員として、体験を通してより深くマインドに刻め、ぼくはそういうことだと受けとった。

また歩くと一棟のタワーマンションが見えた。いびつにも思える特徴的な造形。設計した建築家はすでに亡くなっているらしい。

「ザハ?ザハ?」
「知ってる建築家を述べないで」

というやりとりをしたあと

「かつてここに住んでいた人を答えて」

というもはや質問ではない指示が投げかけられる。まさか……。松屋からアラビアンコーヒーからここまですべて繋がっていたというわけだ。すごい。

松屋がジョージア料理を提供するというニュースを目にしてからこのプロデュースが浮かんでいたという。 なぜそんなことができるのか?圧倒的に情報を浴びているからだという。なるほど、浴び……。

その後、北条坂をくだるミッションをこなしていると案の定まかれていた。広尾から渋谷まで電車で帰る。最後の夜が終わった。


多少正確性に欠ける部分があるかもしれません。

© Akihito Ikeda - Last update 04.03.2024 00:58.